機関誌「ほのお」8月号
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溶岩ドームの現地調査結果や数値解(野口 尚徳)長段階において、高粘性の溶岩がドーム内部から押し出されて前方に広がった部分)の成長は止まっているものの、不安定な構造のため、地震や大雨などを引き金とした大規模な崩落による被害が危惧されている。析による溶岩ドームの崩壊シミュレーションによって、5つの崩壊パターン(CASE1からCASE5)が想定されており、CASE1からCASE3では、溶岩ドーム底部の岩盤強度が低いことから崩壊が最も発生しやすいとされている(図3参照)。その中で崩壊発生の可能性が最も高いパターンがCASE3である。また、シミュレーション解析では、CASE1の崩壊後にCASE3まで連続して発生する可能性が高いとされ、現在、国、県、市および防災関係機関により、ハード面、ソフト面から対策が進められている。ハード面では、噴火災害で大きな被害を受けた水無川を中心に、中尾川および湯江川に砂防施設の整備が行われた。水無川では、発生可能性が最も高いCASE3までに対応できるよう、かさ上げ工事が進められ、平成30年3月に完成した。ただし、CASE4以上の規模については砂防施設のみでは対応が困難であり、迅速な避難行動によって人的被害を抑えるソフト対策が重要となる。なお、最大規模とされる崩壊は、噴火前の地山境界で崩落するCASE5であり、この規模を想定した避難対策が検討、実行されている(図4参照)。ソフト面では、光波測距(トータルステーション)、GBSAR(地上型合成開口レーダー)、振動センサー、GPS、監視カメラ、雨量計などにより溶岩ドームの挙動を常時監視し、異常や崩落兆候が認められた場合には、県、市をはじめ関係機関および住民への情報伝達体制が構築されている。また、長崎県が主催している雲仙岳大規模土砂災害合同訓練や、島原市および南島原市主催の防災訓練では、消防機関に加え、地域住民も参加し、関係機関の連携強化とともに防災意識の向上が図られている。雲仙・普賢岳噴火災害から35年が経過し、現在、当消防本部内で当時の災害対応を直接経験した職員は1人のみとなりました。当時の記録や経験をいかに組織として次世代へ継承していくかが重要となっており、世代交代が進む中でその重みは一層増しています。島原半島は、約230年前の寛政4年(1792年)に発生した「島原大変(雲仙岳の火山性地震および眉山の山体崩壊)」に代表されるように、古くから火山災害と共に歩んできた地域です。しかし、平成2年から始まった雲仙・普賢岳噴火災害は、従来の経験だけでは対応が困難な極めて特異な災害であり、長期にわたる火山活動の中で火砕流や土石流への対応を余儀なくされた厳しいものとなりました。一方で、本災害への対応を通じて得られた教訓や知見は、現在の消防活動の基盤となっており、長期災害への組織対応のあり方、情報収集や伝達体制の重要性、関係機関との連携および広域応援体制の有効性などは、今日の災害対応においても欠かすことのできない要素となっています。今後も、関係機関および地域住民との連携体制を一層強化し、過去の災害から得られた教訓を確実に次世代へ継承するとともに、実践的な訓練や体制整備を通じて、さまざまな災害に対応できる組織力の向上を図っていくことが求められます。本稿は、当消防本部が経験した災害対応の一部について整理し記述したものですが、この内容が、全国の消防機関および関係機関における防災・減災対策ならびに今後の災害対応力向上の一助となることを願っております。おわりに8ほのお2026 8号雲仙・普賢岳災害から35年―活動と教訓の継承―図3 CASE3図4 CASE5

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