機関誌「ほのお」8月号
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さらに、危険区域への進入制限が最大一方で、進入困難区域では消防防災ヘ当消防本部では、噴火発生後、長期化火砕流への対応は接近が困難なことかや気象情報を収集・整理の上、車両などによる広報活動により住民へ周知した。消防応援体制については、県内消防本部への応援要請を行うとともに、総務省消防庁が定めた大規模特殊災害における広域航空消防応援実施要綱に基づき、福岡市消防局航空隊の応援を受け、上空からの偵察、救助、応が困難な状況も多く、厳しい現実を突きつけられる場面が少なくなかった。の制約となった。突発的な火砕流の危険がある中での進入は困難であり、国道などを防火線とした延焼防止や、遠距離放水による警戒活動が中心となった。リコプターによる上空からの活動が有効であり、情報収集や消火支援において重要な役割を果たした。を見据えた対応として「雲仙岳噴火災害警防要綱」を策定し、防災体制の整備を進めた。ら、住民の早期避難を最優先とし、消防団と連携して危険区域外における延焼防止活動を実施した。併せて、防火線の設定や放水砲による遠距離放水、河川などの水利確保により延焼拡大防止を図るとともに、広域航空消防応援によるヘリコプターや平成5年に整備された長崎県防災ヘリコプターを活用した上空からの情報収集、救助、消火活動を行った。土石流への対応として、降雨情報に基づき警戒体制を段階的に強化し、危険箇所の監視と住民の避難誘導を行うとともに、ワイヤーセンサー情報を活用して、各機関と連携した早期対応体制を構築した。噴石などの降下砕物については、広報および避難誘導により安全確保を図った。また、情報収集および情報伝達の強化のため、市災害対策本部へ職員を24時間体制で派遣し、関係機関から火山情報消火活動を実施した。長崎県防災ヘリコプターが整備されてからは、同防災ヘリコプターが航空消防体制の基盤となった。救急救護対策では、多数傷病者に備えた救急体制を整備し、応急処置、運用統制、医療機関との調整を実施するとともに、医師会および島原温泉病院(現・長崎県島原病院)と連携し、救護体制の確立を図った。火山活動の終息から35年が経過した現在、災害対応を通じて顕在化した課題と、その後の取り組み状況について記述する。消防装備面については、全国的に近代化が進展する一方、小・中規模消防本部では整備が不十分な状況であった。当消防本部においては、放水砲1基や防石ネット、ウィンドウウォッシャーの強化のほか、救助工作車およびジープ型四輪駆動車などの寄贈を受けて配備されていたが、装備の充実には至らず、組合消防における予算制約の厳しさを痛感した。現在では、国の支援制度の活用や計画的な更新整備により、消防力の強化が着実に進められている。また、情報収集体制にも課題があった。国や県では監視カメラなどの整備が進められていたが、当消防本部では火災・救急対応を優先せざるを得ず、独自の監視体制は十分ではなかった。そのため、現場把握は人的対応に依存せざるを得ない状況であったが、その後の技術革新により、現在では無人航空機(ドローン)や各種デジタル技術の活用が進み、災害現場の状況を迅速かつ的確に把握できる体制が整備された。さらに、人員面への制約が大きく、定数増員がない中で通常業務と災害対応を並行して担わざるを得なかったため、専任体制の構築は困難であった。現在においても、限られた人員体制の下で多様化する災害対応を担っている状況にある。そのため、人員増強に限界がある中では、限られた人的資源を効果的に活用できる体制の整備が不可欠である。加えて、消防相互応援協定や緊急消防援助隊を効果的に活用し、初動対応力の向上および受援体制の強化を図ることが重要である。平成8年に噴火活動の終息が発表されたものの、噴火によって形成された溶岩ドームは、今もなお不安定な状況で山頂に堆積しており、その総量は、1億㎥にも上る。溶岩ドームのローブ(溶岩ドームの成7終息後も潜在する災害危険とその対策7ほのお8号 2026 6災害対応を通じて明らかとなった課題5雲仙・普賢岳噴火災害における消防本部の災害対応雲仙・普賢岳災害から35年―活動と教訓の継承―夜の火砕流土石流による被害状況

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